私の人生に何のフラグが立ったと言うのよ

家に帰る途中(夜の九時半頃)に、一人の老婦人が国道沿いの坂道を下っているのが見えました。
ぶっとばしすぎて轢かない様に注意しているといきなり老婦人に声をかけられました。
「すいません、ここはどこですか?」
どうやら道に迷っている様子。
そりゃあそうだろう迷うよ、来た頃のおいらだって迷ったさ。
で、とりあえずわりと大きい国道の側だったので「こっちが市街の方ですよ」「多分バス停は近くにありますよ」とかなりアバウトに…もといシンプルに説明。
「すいませんねぇ 私仙台生まれの仙台育ちなのに全然わからなくて」
まあ、自分の生まれたところから一歩出れば誰でも迷子になりますよ。
そうここは僻地。市街から離れた場所。事象の水平面(意味不明)。
「とりあえずどちらに行かれたいんですか?ご自宅ですか?知り合いの方の家ですか?」
「いいえぇ 私家に帰りたいんですよ」
…?
「ご自宅の最寄り駅かバス停わかりますか?」
「ごめんなさいね 私もう何が何だかわからなくて」
………?
「ご自宅に近い大きな建物は?」
「それがね、わからないの。どうしましょうわたし仙台生まれの仙台育ちなのに…」
…………
「ご自宅の電話番号わかりますか?」
「ごめんなさい、わからないの…」
……………。

「とりあえず、私じゃちょっとわからないのでこのあたりに詳しい方呼びますね」

…とりあえずサークルの先輩に電話すっか。家すぐそこだし。

「あ、もしもし先輩?」
『もしもし、どうしたの?』
「ちょっと今下のほうに出て来れますか?なるべく早く…」
『了解ー』

(とりあえず老婦人と書生二人とのまったくもって要領を得ない会話のやりとりが数分続くと思って下さい)

「…とりあえず、警察の人を呼んだら道案内なり家族に連絡してもらえるんじゃないでしょうか」
「そうだね…」
「あ、今警察の人呼びますから、とりあえず近くの郵便局のほうに行って待ちましょう」
「ごめんなさいね 本当にわからなくて…」
「(わからないのはこっちッス、レイディ…)」

「お手洗いに行きたいわ…」
「あ、トイレなら奥のほうにありますよ。荷物ここで見てますからどうぞー」
「すいませんね、本当に…」

とはいえ、老婦人の「荷物」とやらは汚れたエプロンひとつ。
他に何か財布やら住所を証明できそうなものは持っていない様子だった。
汚れたエプロンをつけたまま外に出たにしては、彼女の服装はあまりにもこ綺麗なものだったのがその違和感をさらに強調していた。

近くにいた先輩をひっつかまえて耳元に囁く。
「先輩、このへんに病院ってありますか?」
「病院?あるにはある…けど…」
「だって、あの様子はどう見ても…」
「とりあえず、警察が来たらどうにかなるって。たまには国家権力を利用するのもいいよ」
「って国家権力なんて言わないッ!」
「だってそうじゃーん。国家のイヌー」
「んもー!」

戻ってきた御婦人を局内の椅子に座らせると、とりあえずいろいろ身元が特定できそうなことを聞こうとした。
来る時に言われた「やっぱり、名前とか色々聞かれるのかしら」という言葉が妙に気になったからだ。
(…多分、聞かれるのに慣れてるんだろうな。で、迷うのもいつもの事かと。
それで、「いつもこんな風に聞かれるなあ」って思うんだけど、それがどうしてか、は絶対気付くことはないんだろうな)

そのうちに警察の人がわざわざ到着。いつもご苦労様ス。
「とりあえず、住所と名前、電話番号と職業教えてください」
(おおっと先輩そりゃあ職務質問ですか。ううう本当にすいませんすいませんすいません。夜中に呼び出して職務質問までされてホント申し訳ありません…)

(お、先輩のが終ったか、じゃあおいらも…)

…(って先輩(通報者)だけかよ!おいら(発見者)はべつにいいのかよ!
つうかなんかフェアじゃねえよ、それは。)

とりあえず警察の方へのプチ不信感が芽生えそうになったところで思わぬ、というか九割九分予想していた言葉が目の前の警官から発せられた。
「この人、今日のお昼にも一度警察に来たんですよー○○の方に行っていてねー」


…やっぱりボケ老人じゃねえかよッ!!
…というか、その○○ってこっから何キロ離れてると思ってるんですか。
自転車でちょっとの距離があるぞ。
しかも坂けっこうきついし。

ボケ老人の意外なほどの体力に感嘆しつつ(そして真性のボケっぷりに爆笑しつつ)その場を後にしました。

家に帰ってから、婦人がしきりに発していた単語を調べてみたら、さる地元では有名な女学校(なんつう古めかしい)のある私立大学の名前でした。
ええとレイディ。それ何年前の話ですか。
…多分五十年近く前の話なんでしょうけれども。