ついかっとなった勢いでじつにキモい自分語りをしてしまったので晒し上げ転載する

ぼくは旧スクウェアが好きすぎる。そして和田社長が嫌いすぎる。
そりゃあね、押しも押されぬ大会社に成長したスクウェアエニックスという大きな船の舵取りには、その大きな船に見合うだけの能力を持った船頭が必要でしょうよ。
ゲームは芸術品じゃなくてまず第一におもちゃで、工業製品で、売り物なんだから。
大きなお金が動く場所にはお金を動かすのが得意な人間がいるべきでしょう、それはそうです。
でもねだけどねそれでもね。
物心ついたときから「ちょっとへんな会社の、ちょっとへんなゲーム」の画面をお兄ちゃんの横で指くわえて眺めて楽しんで想像力を膨らませていつか自分がコントローラーを握るようになるその日までずっとずっとちいさなテレビの中ではじけるスプライトに目を奪われざらついた三角波や低ビットレートのPCMの奏でるメロディに耳を澄ませなによりそのどうしようもなく子供だましでチープな機械のおもちゃが懸命に表現しようとしている「物語」に心を持っていかれながら育ったぼくだもの。
安っぽいおもちゃが小奇麗でお洒落な家電のお友達になってもそのおもちゃはどこまでもおもちゃだし「物語」だってずうっとそのへんの漫画やらアニメやら映画やらのつぎはぎだっただろうけど、それでもね、それでもね。
いつでもへんな会社だったし、いつでもへんなゲームばっかり出してた。
それが一番刺激的だった、それが一番魅力的だった。
芸術的だからどうとかじゃない。売れたからどうとかじゃない。ましてや神ゲーだからとか王道だからとか定番だからとか名作だからとか、そういうのじゃない、ぼくが心を奪われていたのはそんな理由じゃない。
とにかくいつでも新しかった。とにかくいつでもとんがってた。
やりたいこといっぱい詰め込んでるんだなあって感じてた。
後ろなんか振り向かないで(もちろんぼくらのことなんか見ないで)突っ走ってた。
それが、魅力的だった。それが、好きだった。ぼくらは、いや、ぼくは。
かなしいなあ。すごく、かなしいなあ。
船はすごく大きくなったのに、大きくなっただけで、会いたい人たちはみんなめいめいに小さな船でひとりひとり漕ぎ出していっちゃった。
ねえ、かなしいよ。
ぼくのidのfirestormは火のクリスタルと風のクリスタルからとったのさ。
どうしてかなしいか、わかるかな。
だれにもわからないかもしれないけど、いま私はとても悲しい。

うん、やっぱりこれはひどい
あとクロトリキーワードなんだからおれはクロトリのおはなしをすべき。