やったーケータイ小説できたよー

暗くてカビ臭いホコリまみれの部屋の中は清潔さなんかとは程遠くて、
出来るだけマシそうな場所に腰を下ろす。
桜が散った後でも夜はそれなりに冷え込む。
座り込んだ床の冷たさが瞬時に腿に伝わってぞくりとした。
何か敷けそうなの羽織ってくればよかったな。

換気用の小さな窓越しに、どこか遠くを行き交う車のエンジン音とクラクション、それにサイレンがかすかに聞こえて来る。
それをかき消すように、乾いたカタカタという音がまた、鳴りはじめた。
薄汚れたフローリングの上に中身の入った缶をふたつ置く。
一つは自分に。一つは「部屋の主」に。

暗い部屋の中の数少ない光源、ノートパソコンを床に置き、その前にどっかとあぐらをかきながらニヤニヤと笑っている。余程面白いものが映っているのだろう。
ちらと覗き込むとアニメのキャラクターか何かがおどけた表情で踊っている様子がめまぐるしく切り替わり、その上を訳のわからない文字列が流れていく。合わせ鏡のように、眼鏡に反射しながら。
これのどこが面白いの?ねえ?
……画面の中のけばけばしいお祭りを楽しむのに夢中で相手をしてくれない。
ニヤニヤ笑いながらなお、指先はキーをせわしなく叩き、文字の洪水に華を添える。

仕方なく「主」の後ろに回り込んで床に乱雑に畳まれている白いマット――
ああやだ、何年もロクに洗って無いんだろうなこれ――に寝転がり、
天井をぼんやり見つめることにした。
背中の向こうでプルタブの開く音。中身をすする音。
ふわりと漂うコーヒーの香り。それがアルコールじゃないだけまだ健全な、
すごく不健全な時間。

……自分の分があったのを忘れかけていた。
上体を起こして缶に手を伸ばし、開ける。一口で甘い苦味が広がる。

ちびちび飲みながら一缶空けても、まだカタカタ。
お祭りの次は静かなお喋り。
時たまクスクス笑って、ここに居ない人達に相槌を打つ。
こっちなんか見ないまま、モニターの向こうの誰かさん達と無言でぺちゃくちゃ。
無造作にくくられた長い後ろ髪を軽く引っ張ってみても反応、無し。



さびしいなあ。
私は誰とも話せないのに、あなたは誰かとお喋りしてる。
同じ場所にいて、同じものを飲んでいるのに、
同じ時間を、同じ気持ちを、共有出来ない。



ずるいなあ。
ボタン一つで死体の無いお葬式をされた私はどこにも「居ない」し、「行けない」のに、
あなたはボタン一つでどこにでも「行ける」もの。
鼻の奥が不意につんと痛くなる。
……悲しくないよ?
……ほこりっぽいだけだよ?
再びマットに体を横たえて、顔をしかめる。
くしゅん。




絶え間無く続いていたタイプ音が途切れた。突然訪れた静寂に逆に驚いた。何?
「うううう」
さっきまでのくすくす笑いはどこへやら、不機嫌そうに低く低く唸りはじめる。
まるで大好物のお預けを喰らった犬だ。
唸りながら、床に置いていたパソコンをスカートをはだけて腿の上に据え、
キーを乱暴に叩いている。

画面はたくさんの、たくさんの、たくさんのウィンドウを開いたまま動かない。
なあんだ、フリーズか。
「うふ」
あまりにも必死なその後ろ姿につい、今度はこちらが笑いたくなってしまう。つい吹き出した。

ニットキャップ越しに頭を抱える「主」の肩にそっと手を置いて、耳元に囁く。
「どうしたの、腕っこきさん?」
眉間に深く深く皺を刻んだ顔が、こちらを泣きそうに睨み返した。


「ふふ」
今度は嬉しくて、笑った。
あなたのその泣き顔を見ているのは私だけ。
あなたがどうして「無言」になったのか知っているのは私だけ。
どこの馬の骨ともわからない「お友達」は知るよしもない。

あなたを独占している。
優越感にも似た感情が自然に笑みになって、隠せない。
――このまましばらく再起動しなきゃいいのに。

何かを
致命的に
まちがえる
●2てん